2012/11/17

みさとちゃんと大西君の結婚式

思い切って一か月振り返ります。

帰国して時差ぼけもまだ治らないころに、パリ留学サックス仲間のみさとちゃんと大西君の結婚式に行ってきました!

本人達も参列者もほとんどが音楽家のため、みんながいっぱい演奏して、演奏会のようなユニークな結婚式でした。
本人達もたくさん演奏したり踊ってくれたりしてくれ、めちゃくちゃ楽しかったです。

mariage de misato et satoshi
ケーキ入刀中キレイ

留学中からずっと知っているお二人だけに、超うるっと来てしまいました。
大きな声で愛を誓った大西くんがとっても男らしかった!!

avec les asxophonistes!!
サックス奏者な皆さんと。末永くお幸せに。。
2010/01/19

2009年を振り返る:パリ音楽院の受験

のだめの行ってる学校としてすっかり有名になったパリ音楽院ですが、
今回はそんなパリ音楽院の受験を振り返りたいと思います。
なっがいしちょっとマニアックな内容に及びましたが。。。
記録の為に書こうと思います。


そういえば9月にのだめ映画の撮影を偶然見ました。
学校行ったらのだめがいて超びっくり!!
水川あさみ超かわいかった~


。。それはさておき、私が今回受験したのは修士課程に相当する第二課程という部門でした。
2008年にできた制度で、今までの4年生に編入する、みたいな感じでしょうか。

まず履歴書、研究計画書などの書類審査があり、
そのあと9月に二度の実技試験と面接がありました。

実技の一次試験は2か月前に発表される課題曲一曲と自由曲の二曲を演奏。
課題曲はAlain SAVOURETの「À flanc de bozat(2009年改訂版)」
自由曲には棚田文則さんの「Mysterious MorningⅢ」を選びました。

「À franc de bozat」はソプラノサックス、テナーサックスとプリペアドピアノの為の作品で
最後にはソプラノとテナーを二本同時に吹く現代曲
という訳でこの夏は二本くわえてアグアグずっとやっておりました

そしてピアノも弦をマレットで叩いたり、しゃかしゃかしたり、爪でつまんだりします。
Pianiste Takaya SANO avec les baguettes!!
お世話になったピアニスト、佐野隆哉さん。
日本音楽コンクール第二位、ロンティボー国際コンクール5位の超超実力派!!
華やかにマレットデビュー



二次試験は自由に45分のプログラムを準備し、一次試験に合格した時点で
二次試験で吹く曲を30分に抜粋されます。
私は  
    A.Villa-Lobos/Fantasia
    A.Desenclos /Prélude, Cadance et Finale
    E.Denisov /Sonate
    C.Lauba /Jungle
    野平一郎 /舵手の書

を提出し、本番はヴィラロボス、ジャングル、舵手の書を演奏しました。
そして。。。二次試験の後には面接(もちろんフランス語)。。。うぐぐ


受験の前にはフランスのGAPで行われていた講習会に参加していたのですが、
(講習会の内容はノナカサクソフォンフレンズに書かせて頂きました)

そこで人生初のスランプであることに気付いてしまいました。。。

久しぶりに会う師匠、平野先生や、受験を予定していた数校の教授たちのレッスンは
最悪の状態で終了。。。

スランプ、というかフランスでの慣れない生活と
書類提出の締め切りへの焦りから少し痩せてしまって
(まぁ言うほど痩せてはないんですけど
うまく楽器がコントロールできなくなってしまいました。

そこで受験一か月前にして使用楽器を元のシリーズⅡGPトーンに戻し、なんとか調子を取り戻すことができました。



受験に際して本当にお世話になったたくさんの方々のお陰と、
本当に色々な偶然が重なって合格することができたように思います。


しつこい合わせに根気良く付き合ってくださった共演者のピアノの佐野さんと歌の佐野さん(どちらも佐野さんで、これまたすごい偶然)を始め、
研究計画書と面接の準備を手伝ってくれたあきらくん&いーちゃんや、
研究計画書やプログラムの相談に乗ってくださったジェローム・ラランさん、
「À franc de bozat」について色々とアドヴァイスをくれたアレックス&マチュー、
わがままを聞いてくれた両親、支えてくれた方々。。。
本当にありがとうございました。

留学生活前半で学んだことは「人に頼る」ということだった気がします。
なかなかそれも難しいですよね。


いくら全力で挑んだとはいえ、席もなかったし(パリ音楽院のサックスクラスは定員12人、通常誰かが出ないと入れない)、
覚悟ができていたために本当にビックリでした。
あまりの動揺に、その日パソコンを窓から落としてしまったという訳です


結果発表でも自分の合格が聞き取れないほどの語力でしたし。。。
情けなや。。。

Affiche
翌日合格発表の掲示を見てやっと実感。


そしてその日入学手続きに必要なフランス語能力検定の結果が見事に不合格であることが判明。。
世の中そんなに甘くはありませんでした。。ふふ


あーーフランス語ーーーーー!!!

朝起きたらいきなりペラッペラになってないかなーと思ってみたりしますが
絶対ありえないので地道にやって行きたいと思います
2010/01/08

2009年を振り返る:家探し編

さて、パリでの家探しを振り返ってみたいと思います。


パリでは口コミでいい物件が回っているということで、いーちゃんの家にお世話になりながら
とにかく電話をかけては見に行っての日々

やはり楽器演奏可能という家はなかなかなく、しかも超音のでかいサックスということでかなり難しくて数週間探しまわりました。
サックスだけはお断りという不動産屋もあってちょっとショックでした。。。
ま、ほんとに音でかいですけど。。。


そんな中、芸大の先輩で留学の先輩でもあるひろえさんから朗報が!!
ひろえさんが前に住んでいた家が空いているとのことで。。。即決

ボン・ヌーベルというサンドニ門(コレ↓)のすぐ近くでとても便利な所にあり、
Porte St-Denis
サックスを朝から夜10時まで練習していいという素晴らしい物件でした

しかしそちらの工事が終わって入居できるまで少し期間があったので、
それまでパリ郊外のサンジェルマン・アンレーの部屋をお借りすることにしました。


イギリス庭園
サンジェルマン・アンレーのイギリス庭園


サンジェルマン・アンレーにはドビュッシーの生家があり、
ドビュッシーの着ていた衣装や楽譜などが所狭しと展示されており、観光案内所にもなっています。
ドビュッシーの家
ドビュッシーの生家にて


ドビュッシーの遺品
彼の遺品など。


そしてその後ボン・ヌーベルの家に入居でき、
大家さん(トルコ人と香港人のご夫妻)も近隣住民の方も音楽家に理解がありとっっっても優しくて、
快適に過ごしていました。

ミネ
大家さんちの猫、ミネ

しかしパリ音楽院に合格したと同時に、シテデザール(Cité international des Arts、パリ国際芸術都市)の、パリ音楽院第二、第三課程の学生の為の枠に申請ができるとの知らせが。。。
ボン・ヌーベルのお家もとっっっても気に入っていて、留学生活終了まで引っ越さないつもりだったのですが、家賃が半額以下になり、芸術家専用ということでより気兼ねなく練習できるということで申し込んでみることに

申請には給与明細や源泉徴収票の法廷翻訳などを短期間で準備せねばならず、
また申請用紙を解読するだけでも時間がかかるのにそれらを日本から取り寄せて法廷翻訳に掛けなければならないというややこしさ
しかもフランスと日本との税制の違いなどから、日本のどの書類のことを指すのか正確に分からなかったりで、結局締め切りにも間に合わず。。。
審査が厳しいと聞いていたので半ばあきらめていたのですが、10月末にメールが。

「シテデザールへようこそ!11月からの家賃はあなたの負担になります。」



そんな急な!!!

急いでボンヌーベルの家に入ってくれる人を探し、大家さんに事情を説明
幸い後に住んでくれる人がすぐ見つかり、無事シテデザールに引っ越すことができました。

シテデザールに着くと、お部屋の窓からノートルダム大聖堂やエッフェル塔が見え、景色の良さに仰天。。。
こんな所に芸術家のための施設を作るなんてさすが芸術大国フランス
その昔サックスクラスの教授、クロード・ドゥラングル氏も住んでいたそうな。。。

ノートルダム大聖堂
ノートルダム大聖堂。


という訳で次回は受験を振り返りたいと思います。

2010/01/07

2009年を振り返る:卒業、渡仏編

年が明けたばかりですが、
思い切って去年のことを振り返っていきたいと思います


まず、2009年3月に大学院を無事修了しました

2009年卒業式

写真左はファゴットの同級生、こやかちゃん

長年通った学び舎に別れを告げ、卒業式翌日に渡仏
しかしこれが大きな間違いで。。。
荷造りが全く間に合っておらず、この浮かれた髪型のまま泣きながら荷造りするハメに。。。

人生余裕が大事と悟った日だったのでした


そして次の日パリに到着

そこからしばらく高校の同級生、いーちゃんのお家にお世話になりました。
パリの真ん中、セーヌ川に浮かぶシテ島というとても素敵なところにあるお家でした

Ile de la cite
左がシテ島。

彼女は現在パリ第8大学の大学院生で、とってもしっかり者
家探しから携帯や銀行の手続きから受験のことまで、
本当に幅広くお世話になりました

そして家を探し始めるのですが、
ただでさえ住宅難のパリで、楽器が練習できる家を見つけるのは本当に本当に大変でした


という訳で次回家探し編に続く。。。。